企業法務

レシピの取り扱い④FC本部の基礎知識

2025.08.15

 

第1 はじめに

前回のブログでは、顧客情報(顧客名簿)の取り扱いについて解説しました(顧客情報の取り扱い③FC本部の基礎知識、https://m2-law.com/blog/17244)。本稿では、レシピの使用差し止めの可否が争われた裁判例を踏まえて、なぜレシピの使用差し止めが顧客情報の差し止めに比べて難しいのかについて考察しながら、レシピの取り扱いについて解説します。

 

 

第2 裁判例の紹介

 不競法上の差し止めをすることができるのは、「不正競争」によって「営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者」(不競法3条1項)です。「不正競争」は不競法上様々な類型が規定されています。代表的なものとして、混同惹起行為(2条1項1号)、著名表示冒用行為(2条1項2号)、営業秘密に係る不正行為(2条1項4号~10号)などが挙げられます。この中で、レシピの使用は、営業秘密に係る不正行為に該当するかが問題になるところ、裁判例として有名なものとして、東京地判平成14年10月1日〔商標・意匠・不競法判例百選第2版105事件掲載〕を紹介します。

1 事案の概要と争点

⑴ クレープ販売店のFCチェーンA社が、元従業員Bの設立したC社がA社のクレープミックス液の配合レシピ(ミックス粉に対する水・牛乳・卵・リキュール等の割合。以下、単に「割合」といいます。)を不正に使用しているとして使用の差し止めと損害賠償を求めた事案です。

第三者によるレシピの使用の場合には不競法に基づく差し止めを請求できるのに対して、元従業員や元加盟店によるレシピの使用の場合には契約違反を理由とする差し止めを請求できます。後述するとおり、元従業員Bが設立したC社が上記のいずれの類型に該当するか議論の余地はありますが、本件裁判例では第三者使用の場合として不競法に基づく差し止めが争点とされました。

   ⑵ クレープミックス液のレシピが「営業秘密を使用」(不競法2条1項7号)したといえるかが問題となりました。「営業秘密」とは、①秘密管理性、②有用性、③非公知性を充たしているものをいう[1]ところ、この点については、特に②が問題となりました。なお、「営業秘密」に関しては、弊所ブログでも説明していますので、そちらもぜひご確認ください(顧客情報の取り扱い③FC本部の基礎知識、https://m2-law.com/blog/17244)。

 

2 裁判所の判断

(1) 裁判所は、原告と被告のクレープミックス液の配合が同一とはいえないことを理由に営業秘密を「使用」[2](不競法2条1項7号)しているとは言えないとしました。つまり、「割合」が一緒であったとしても、ミックス粉の内容が異なれば比重も異なり、クレープミックス液そのものが異なるので「同一の製法」を「使用」したとはいえないという論法です。本件裁判例は「クレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定される」とした上で、証拠として提出された「比較検査結果報告書」を取り調べた結果、「異なる4種類の粉を用いて、いずれも原告配合に従ってクレープを製造したところ、粘度を示すcps値(水をゼロとして、数値が高いほど粘度が強いことを示す)がすべて異なり、食感、風味、焼色もすべて異なった」ことを挙げています。

⑵ また、裁判所は本件クレープミックス液のレシピについて「有用性」を欠き「営業秘密」にもあたらないと判断しました。その理由として、①「焼き上がりのクレープの品質は、主としてミックス粉自体の成分・配合によって決定される」ため、配合割合はレシピの有用性を基礎づけるものではないこと、②一般的な焼き菓子類の原料にリキュール類を香料として加えることは広く知られた調理方法であるため、リキュールを配合するという発想自体には独創性が認められず、レシピの有用性を基礎づけるものではないことが挙げられました。

 

 

第3 本件裁判例の評価

  1 顧客名簿の使用差し止めが認められた事案(大阪地判平成8年4月16日判タ920号232頁)では、顧客名簿に掲載された者に対して「営業行為をすることは」「営業秘密の使用に当たると解するのが相当である」として、顧客名簿を「使用」していると判断されていたのに対して、本件裁判例では、そもそもレシピを「使用」しているとも言えないと判断している点に特徴があります。

本件裁判例を踏まえると、レシピは顧客名簿に比較して「使用」の要件が認められにくい可能性があります。これは、顧客名簿の場合はそのまま利用されるため、同一の顧客名簿が「使用」されたと認定されやすいのに対して、レシピの場合には取得した情報が少々改変されたりすること等があるため、同一のレシピを使用したと認定されづらいことが理由であると思われます。つまり、レシピの改変により、商品のできばえ(本件裁判例の言う「食感、風味、焼色」)に差異が生じている場合には、同一性が否定され同じレシピを「使用」しているとはいえないとされることがあるということです。

  2 また、本件裁判例は、「リキュールを配合するという発想自体には独創性が認められない」として有用性を否定しています。大阪地判平成14年7月30日判例秘書(以下「類似裁判例」といいます。)も、シュークリームのパイ生地およびシュー生地の配合比率について、「特段の効果を奏する証拠がない」ことを理由に有用性を否定しています。

    しかし、有用性の認定が過度に厳格であると、本来不競法によって保護されるべき営業秘密が保護されないという問題も生じます。営業秘密管理指針においても、「当事者であれば、公知の情報を組み合わせることによって容易に当該営業秘密を作出することができる場合であっても、有用性が失われることはない」[3]とされています。これらを踏まえると、有用性の要件は、技術や情報に積極的な価値があることを求めるものではなく、脱税や贈賄、経営者のスキャンダルなど、保護の必要性がない情報を営業秘密の保護対象から排除するための基準であると考えるべきでしょう(多数説)[4]

ただ、フランチャイザーとしては、レシピに関して裁判所が厳格な判断を示している点(有用性を否定している点)については、十分に留意する必要があります。

  3 さらに、仮に有用性の要件を満たしたとしても、「非公知性」の要件を満たす必要があります。類似裁判例では、パイ生地およびシュー生地の配合比率が得意先各社に配布されていたことを理由に、非公知性が否定されました。このように、レシピの内容が第三者に容易に知られる状況にある場合には、「非公知性」が認められない可能性が高く、結果として「営業秘密」に該当しないと判断されるおそれもあります。

 

 

第4 終わりに

   第三者によるレシピの使用差し止めが認められるには、「営業秘密」としてレシピの有用性・非公知性を、「使用」としてレシピの同一性を、それぞれ立証する必要があります。その点でレシピの使用差し止めは顧客名簿の差し止めの場合と比べて難しいといえます。

   もっとも、本部と加盟店間であれば、秘密保持義務条項を工夫することにより、加盟店がそれに違反した場合、本部は営業秘密の使用を事前に差し止めることが、よりし易くなります。[5]その意味で、本部は加盟店との関係では不競法に基づく差し止めの困難さを緩和することができます。

また、本部は、本部の従業員との間では秘密保持契約を、加盟店の従業員との間では誓約書を提出させる[6]ことにより、従業員(本部所属・加盟店所属のいずれも含む)が退職後にそれに違反した場合、営業秘密の使用を差し止めることが、よりし易くなります。

本件裁判例は、元従業員が設立した会社の使用行為が問題になり、会社の第三者性(元従業員とは別人格)から、以上の議論(元従業員=会社)を経ることなく、端的に不競法が争点とされました。もしかしたら本部が元従業員との間で秘密保持契約を締結していなかったのかもしれません。その意味で、本部としては、従業員(本部所属・加盟店所属のいずれも含む)や加盟店の間で秘密保持契約をきちんと締結しておくことが重要です。

                                以上

[1] 不競法2条6項参照

[2] 営業秘密の「使用」とは、営業秘密の本来の使用目的に沿って行われ、当該営業秘密に基づいて行われる行為として具体的に特定できる行為を意味する。具体的には、自社製品の製造や研究開発等の実施のために、他社の製品の製造方法に関する技術情報である営業秘密を直接使用する行為や、事業活動等の実施のために、他社が行った市場調査データである営業秘密を参考とする行為等が考えられる。(逐条解説 不競法〔第2版〕P.93参照)

[3] 営業秘密管理指針P.20

[4] 知的財産法政策学研究Vol.52(2018)P.289参照

[5] フランチャイズ契約の実務と書式(改訂版)P.167~168

[6] 同上P.168

 

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投稿者:弁護士法人村上・新村法律事務所

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